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[C818]

「KY」と言われる事を恐れ、
言葉をのみこんでしまったり、
反対に、言わなくてもいい場で
周囲に合わせて言ってしまったり・・
或いは、
大勢が一斉に声を上げる時、
その中に参加する人、または
外から見て、賛同したり、反論する人・・
どこまで自分の考えとして
確信を持って、その言葉を言えるのか・・

考え始めると、怖くなります。
でも、「怖い」と思って言葉を選ぶ
考える事はとても大切だと思います。





[C819]

ほんとにそうですね・・・。

ブログをやっていると、また改めて
「ことば」について考えます。
同じことばなのに違う意味で伝わって、その「誤解」で
共感されたり、反発されたり。
意味が通じたとしても反発されることもあって。

でもそれは「相手」とのお話。
自分の中での「ことば」を考えること。
これをまずやらないと、誰かとわかりあうなんてことは
とってもとっても無理ですね。

うむ。。。

[C820]

ゆふびびさんこんばんわー

ラテン語の格言で
「Felix qui potuit rerum cognoscere causas」
(事物の原因を認識し得た者は幸いである)
という言葉があります。

自分の言葉、その根源を考えることは
素敵なことだと思いますよ。


  • 2008-05-02 00:40
  • ヘタレオオカミ
  • URL
  • 編集

[C822]

コメントありがとうございますv-238

>ふう様
KYってなんだかイヤなブームでしたね。
周りの状況にあわせる臨機応変さっていうのも人間には必要な要素だけど、
KYはそういうことじゃなくて、
誰かを自分達の輪からはずそうとする、
自分だけは安全なところにいるつもりの、
ズルい言葉だと思います。

おばあちゃんの格言。
「言葉は一度外に出すと、
 なかったことにはできないんだから、
 よーく考えて話しなさい。」
簡単そうに思えて、
本当の意味での賢さが必要なすごく難しいことだと思うんです。



>しろちさ様
私は、会話だと考えなしにバンバン話してしまうので、
いろんな人に怒られたり、
いろんな人を怒らせたりしてしまいます。
ブログ記事だと、推敲ができる。
それでもやっぱり、
誰かを怒らせたり、
傷つけたりすることがあると思います。
言葉って本当に武器に等しいんだなぁ…。
ペンは剣より強し、という言葉の意味が、
情報が氾濫する今だからこそ
かえってはっきり理解できる気がします。




>ヘタレオオカミ様
ラテン語だー。
すごいー。
格好良いー!
手塚治虫の『ブッダ』を思い出す格言です。
人間の不幸や苦悩は
その原因を探り、それを取り除くことで克服できる。
(私は多分、手塚治虫先生にも色々影響されてます。)
(初恋の人は百鬼丸だし。)

この記事を書きたくなったのは、
「○○について、なんで自分がそう思うのか」、と考えたとき、TVで観たから。というのはすごく淋しい思考だな、と思ったからなんです。
あるいは、ネットの言葉の受け売りとか。
せめて、
自分が中になんにもない、
うつぼであることを自覚しておこうと思うのです。

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ゆく川の流れの中で

言葉を外に向けて出す時の話。
ただの戯言です。
個人主義が叫ばれ、時代も変わり、久しく時も経ち。
情報は溢れ、スピードは加速し、日々戯言なぞを言い放つ。

私は、
自分の思考が、
アメーバみたいだといつも思う。
変化し、流れ、グニャグニャとして、
だけど核をもつ。
そんなものじゃないかといつも思う。


言葉を発する。

その時ちょっとだけ気にとめておきたいことがある。


その言葉を発するきっかけになった考えは、どこからきたのか。
その考えの根拠になっているものはなんなのか。


誰かが考えて、
誰かが発した言葉を
ただなぞっているだけじゃないだろうか。
果たしてこれは本当に自分の言葉なのか。
自分の言葉でも、ただの思い込みにすぎないことが
その核心になっているんじゃないだろうか。
みんなが言ってるからそうだと思い込んでるだけじゃないだろうか…。


そういう考えに基づいてない言葉は哀しいから。
そんなことを常々考えるのです。



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「KY」と言われる事を恐れ、
言葉をのみこんでしまったり、
反対に、言わなくてもいい場で
周囲に合わせて言ってしまったり・・
或いは、
大勢が一斉に声を上げる時、
その中に参加する人、または
外から見て、賛同したり、反論する人・・
どこまで自分の考えとして
確信を持って、その言葉を言えるのか・・

考え始めると、怖くなります。
でも、「怖い」と思って言葉を選ぶ
考える事はとても大切だと思います。





[C819]

ほんとにそうですね・・・。

ブログをやっていると、また改めて
「ことば」について考えます。
同じことばなのに違う意味で伝わって、その「誤解」で
共感されたり、反発されたり。
意味が通じたとしても反発されることもあって。

でもそれは「相手」とのお話。
自分の中での「ことば」を考えること。
これをまずやらないと、誰かとわかりあうなんてことは
とってもとっても無理ですね。

うむ。。。

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ゆふびびさんこんばんわー

ラテン語の格言で
「Felix qui potuit rerum cognoscere causas」
(事物の原因を認識し得た者は幸いである)
という言葉があります。

自分の言葉、その根源を考えることは
素敵なことだと思いますよ。


  • 2008-05-02 00:40
  • ヘタレオオカミ
  • URL
  • 編集

[C822]

コメントありがとうございますv-238

>ふう様
KYってなんだかイヤなブームでしたね。
周りの状況にあわせる臨機応変さっていうのも人間には必要な要素だけど、
KYはそういうことじゃなくて、
誰かを自分達の輪からはずそうとする、
自分だけは安全なところにいるつもりの、
ズルい言葉だと思います。

おばあちゃんの格言。
「言葉は一度外に出すと、
 なかったことにはできないんだから、
 よーく考えて話しなさい。」
簡単そうに思えて、
本当の意味での賢さが必要なすごく難しいことだと思うんです。



>しろちさ様
私は、会話だと考えなしにバンバン話してしまうので、
いろんな人に怒られたり、
いろんな人を怒らせたりしてしまいます。
ブログ記事だと、推敲ができる。
それでもやっぱり、
誰かを怒らせたり、
傷つけたりすることがあると思います。
言葉って本当に武器に等しいんだなぁ…。
ペンは剣より強し、という言葉の意味が、
情報が氾濫する今だからこそ
かえってはっきり理解できる気がします。




>ヘタレオオカミ様
ラテン語だー。
すごいー。
格好良いー!
手塚治虫の『ブッダ』を思い出す格言です。
人間の不幸や苦悩は
その原因を探り、それを取り除くことで克服できる。
(私は多分、手塚治虫先生にも色々影響されてます。)
(初恋の人は百鬼丸だし。)

この記事を書きたくなったのは、
「○○について、なんで自分がそう思うのか」、と考えたとき、TVで観たから。というのはすごく淋しい思考だな、と思ったからなんです。
あるいは、ネットの言葉の受け売りとか。
せめて、
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